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"いい投資"探検日誌 from 新所沢

しあわせをふやす いいお金の使い方を考えています

福島浪江町 大堀相馬焼復興ファンドの中間報告会に行ってきました

社会的投資

12月12日(土)に開催された福島浪江町 大堀相馬焼復興ファンドの中間報告会に行ってきました。

ガッチ株式会社の松永武士社長から江戸期の大堀相馬焼を復刻させようとしているプロジェクトの現状について報告がありました。

松永:

2014年12月にAERAの「日本を突破する100人」に選ばれました。浪江町は一部の地域で昼間だけ帰還できるようになりましたが、大堀地区は今も昼間であっても入ることが出来ません。そのような状況の中、親がやっている松永窯は白河市で再会しています。

大堀相馬焼はその名前の通り相馬の相馬焼きがだんだんと南下して大堀相馬焼きになったものですが、最初は殿様に献上する焼き物でした。その後、庶民向けになっていき、震災前には一家に一個あるような生活の中で身近な焼き物として使われていました。

大堀相馬焼の特徴

大堀相馬焼には馬の絵、ひび割れ、二重焼という3つの特徴があります。

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馬の絵は旧相馬藩の御神馬で左を向いている馬は「右に出るものがいない」という意味で縁起が良いものとされてきました。走り駒には狩野派の技法が詰まっています。

ひび割れは素材と釉薬の収縮率の差から生まれるもので焼いたときに出来る細かい亀裂です。始めは不良品だったと思われますが、徐々にこのひびが侘びさびと評されるようになりました。ひびの黒いのは墨汁を使っています。

大堀相馬焼は中が中空になっている二重焼構造で触っても熱くなく、またお湯が冷めにくいという特徴を持っています。

なぜ江戸相馬の復刻に取り組もうとしたのか?

震災前は大堀地区に25軒あった窯元ですが、今では福島県内のあちこちに10軒点在するだけになってしまいました。残りの窯元は止めてしまったり、県外に移転したりしています。

江戸相馬の歴史を調べてみると今の大堀相馬焼とは違って当時にしては薄くて堅くて丈夫な焼き物でした。そこには馬の絵もなければ二重焼構造もありません。今の大堀相馬焼の形は明治期に誕生したものでした。お殿様向けに作っていた焼き物が廃藩置県により藩の外に流出することが解放されたことによりイノベーションが起きたのです。親が営んでいる松永窯の移転先近くの資料館で江戸元禄期の大堀相馬焼の展示会が開催されているのを見て、これを復刻しようとしています。

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江戸相馬を砕く許可をもらい、郡山にあるハイテクプラザに持ち込んで成分を分析した結果、土の成分は益子焼きに近いことがわかりました。元々益子焼は大堀相馬焼の系譜を受け継いでいる事から益子に行ってみましたが、江戸期の大堀相馬焼で使われているのに近い土は益子においては貴重な土で、益子ではあまり取れないことがわかりました。

残念ながら益子の土は使えませんでしたが、土岐に美濃焼をやっているカネ利陶業の岩島さんという土のスペシャリストがいることを紹介されました。そこで今度は岩島さんのところへ出向き、江戸相馬の復刻を相談すると「ここの土だけでは難しいけれども全国の土を組み合わせれば出来ると思う」と言われ、岩島さんに土の調合をお願いしました。

実際に試作してみてわかったのは江戸時代の職人はかなりの技術を持っていたという事です。試作の段階では薄さが当時ほどのものにはなりませんでした。

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今回、江戸時代の相馬焼きを復刻させようとしていますが、全く同じものを作っても現代の生活に合うとは限りません。江戸相馬の本質とは何かを考えた時、それはスピリットではないかと思いました。単純に江戸元禄期の大堀相馬焼を復元するだけでなく、売れるものも作りたいと思います。

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デパートの外商やギャラリーなどでは高価格帯の商品として江戸相馬の復元したものを売る一方で現代の大堀相馬焼のように日常使いできるものも考えています。

 

ガッチ株式会社としての日々の活動

ガッチとしては縁器屋というサイトで大堀相馬焼インターネットの小売りを始めました。親がやっている窯元の松永陶器店のサイトではブログを使って徳利のうんちくやお酒の美味しい飲み方などをアピールしています。

インターネットを使った販売では日々の数値管理をしていてどのお客様が買ったかなど顧客管理もやっています。ギャラリーや百貨店での販売では窯元の想いはなかなか伝わらないので直販ではそこに力を入れています。

これからの計画

2016年は6月に大きな見本市があるのでそこに出展することが目標です。

ファンドで集めさせていただいた資金のうち試作品製造で40万円使いましたが、まだ310万円は手元にある状況です。また、現在は復刻江戸相馬を岐阜で作っていますが、いずれは相馬焼きの人にも作ってほしいと考えています。

その時に問題になるのが人です。大堀相馬焼は他の焼き物と同様に分業制で成り立っています。以前は松永窯にもろくろを回して成形する専属の職人さんがいましたが、震災後は県外に避難したため専属の職人さんはいなくなってしまいました。

震災後、成形の工程ができる職人さんは大堀相馬焼全体で一人しかいません。一人の職人さんが県内10カ所の窯元を順番に回って作っているのです。このような状況では江戸復刻大堀相馬焼を福島で作るのは難しいのですが、2016年には県の補助を受けながら大堀相馬焼として職人さんを1人増やす計画があるそうです。

 

懇親会

説明会の会場となったそば酒房福島で福島尽くしの料理とお酒をいただきながら懇親会がありました。

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お店はNPO法人ふるさと往来クラブが運営しているアンテナショップで、国産そばの振興を通して地域興しに繋げようという主旨で全国各地から特別価格で食材を仕入れています。

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NPO法人としては都市住民と地方の農山漁村住民との交流を通じて地域経済の活性化を促進するもので、このお店も食を通じて地方に興味を持ってもらい、できれば足を運んで欲しいという願いで運営されています。

NPO法人が運営しているので食事は試食という扱いですが、どれも美味しかったです。

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日本で一番海に近い酒蔵だった鈴木酒造店の磐城寿。現在は山形県に移転して営業を続けています。

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中間報告を聞いたことで参加者からはガッチ株式会社としてどのような活動をしているのかファンドと直接関係のない事でも報告をすることでつながりを感じることができるなどの意見が出、松永社長からも今後は出資者とのコミュニケーションを改善していくと回答がありました。

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浪江町という帰還するのが困難な地域でどこにアイデンティティを置くのか、大堀相馬焼においても難しい問題があります。これまで一子相伝的に伝わってきた大堀相馬焼ですが、明治期に起きた殿様向けの焼き物から民衆向けの焼き物へと変わり身を見せたように再び生き残るために変わる時なのかもしれません。

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ガッチの松永さんは若い感性で古くて新しい大堀相馬焼を作ろうとしています。窯元ではなくプロデューサー的立ち位置という事もあり、波風も起こるかもしれませんが乗り越えて欲しいと思います。

そのための応援団がファンド出資者の97名でもあります。応援してますよ!

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偶然ですが、そば酒房福島ではちょうど厚岸の牡蠣を一押ししていて、厚岸出身者としては嬉しい偶然でした。(この日は福島尽くしなので厚岸の牡蠣は出ませんでしたが)