GPIFがESG投資への取り組みとして新たにESG指数を作成すると報道されています。
厚生年金と国民年金の積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、企業の環境対応や社会問題への取り組みを投資評価の基準とする「ESG投資」に乗り出す。環境対応などに優れた銘柄で構成する新たな株価指数を作り、今年度中にも投資を始めたい考え。中長期的に企業価値が向上しそうな銘柄を選別し、運用収益の向上につなげる。
GPIF、環境企業を選別投資 特化の株価指数、作成募集 - SankeiBiz(サンケイビズ)
GPIFでは昨年、国連責任投資原則(PRI)に署名を行っているので企業の環境や社会、ガバナンスへの取り組みも評価するESG投資へ取り組むのは自然な流れと言えます。
なぜGPIFという年金の積立金を運用する機関がESG投資をする方向へ舵を切ったのでしょうか?
GPIFがESG投資に取り組む目的
GPIFのHPにある指数作成公募のリリースを読むとESG投資に取り組む目的についてこのように書いています。
年金積立金管理運用独立行政法人(以下、当法人)のようなユニバーサル・オーナー(広範なポートフォリオを持つ大規模な投資家)にとって、環境や社会の問題などネガティブな外部性を最小化することを通じ、ポートフォリオの長期的なリターンの最大化を目指すことは合理的である。
また、環境・社会・ガバナンス(以下 ESG)の要素を投資に考慮することで期待されるリスク低減効果については、投資期間が長期であればあるほど、リスク調整後のリターンを改善する効果が期待され、当法人が投資に ESGの要素を考慮することの意義は大きい。
まずは年金基金を運用するような大規模な投資家として社会にとってネガティブな要因を最小化することによるリターンの最大化を目指すことがうたわれてます。ESG要因を投資に組み入れることでリターンが向上するかどうかは長年研究されていますが、少なくとも悪くなることはなさそうだというのが最近の主流の考え方です。
でも、注目して欲しいのは続いて書かれているリスク低減効果です。ESGに積極的に取り組む企業は不祥事、訴訟など企業にとってマイナスの事が比較的起こりにくくなり、将来の業績が見通しやすくなる=リスク(値動き幅)が低減するという考え方です。ESGへの取り組みに積極的であるほど将来どうなるかわからない雲が少し晴れ、値動きも安定するということですね。
結果としてリスク調整後のリターンを改善する効果が期待されています。
よくここが誤解されているのですが、ESGを投資に組み込むことで単純にリターン向上を期待しているわけではありません。
ESG投資は世界の潮流
持続可能な社会をつくるための取り組みは世界的な潮流となっていてこれまでも様々な取り組みがされてきました。6月に開催された「企業はESGと財務のパフォーマンスをいかに両立していくことができるのか?」というセミナーで東京大学特任准教授の鎗目雅さんによる基調講演「ESG投資に関する世界的な動向と将来に向けた課題」でも地球環境の範囲内で成長していく持続可能な社会をつくるための取り組みとして次のようなものが紹介されていました。
- 愛知目標(2010年)・・・生物多様性の損失を止めるための目標
- 仙台防災枠組2015-2030(2015年)・・・防災への取り組み
- パリ協定(2015年)・・・気候変動への取り組み
- 持続可能な開発目標(SDGs)(2015年)・・・貧困や不平等に対する環境・社会・経済における取り組み
- 金融安定化理事会(2016年)・・・資産運用における構造上の脆弱性の一つとして気候変動リスクを指摘
- 世界人道サミット・・・紛争や災害への支援として人道支援に加えて中長期の開発支援を加える
これまでは政府を通じて民間セクターに対しても規律ある行動を求める内容だったのが金融セクターに対してもプレイヤーの一人としてしっかり参加を求めてくるようになっているという点が変わってきています。
実際に気候変動リスクを低減するために低炭素化社会に向けた取り組みを求める動きが大きくなっています。ノルウェー政府による国富年金基金は石炭企業への投資を取りやめたり、信用格付け機関のムーディーズはパリ協定を元に気候変動リスクを企業の信用格付けに反映する計画があることを発表しています。
ESG投資は持続可能な社会を実現するための取り組み
ESG投資について語られる時、どうしてもリターンはどうなるんだ?という事に話が行きがちです。でも、本当はESG投資はこのままのペースで経済活動を続けていった場合に成長は続かないだろうという事から将来のためのリスク要因を除外、小さくするための取り組みなんです。よくあるイメージは社会的責任投資初期の宗教的な理由や社会運動から起こった「良い会社」「悪い会社」をラベル付けして投資対象を絞るものとは違います。
目先の金銭的リターンも大切なのはわかりますが、将来年金を受け取る世代やその子ども達にとっての未来の世界が豊かであるための取り組みです。
そう考えると年金基金が持続可能な社会を実現するためのESG投資に取り組むのは自然な事だと思えないでしょうか。
パッシブ運用でのESG運用
今回GPIFはESG要素を考慮した国内株式のパッシブ運用の実現可能性を探ることを目的にESG指数の公募を行いました。求められている条件は次のようなものです。
- ESG の効果により、中長期的にリスク低減効果や超過収益の獲得が期待される指 数であり、かつ過去のパフォーマンスやバックテストの結果が概ねそれを裏付け るものであること
- ESG に関係する 1 つ又は複数の要素に基づいて合理的な手法で企業を評価し、そ の評価に基づいて客観的に構成銘柄の選定及び加重が行われていること(E や S についての積極的かつ独自性を持った提案を求む)
- 構成銘柄が国内株式であること
- 指数構築ルール(メソドロジー)が公開されること
- パッシブ運用に必要な指数データが適切に開示されること
- 特定銘柄への過大な偏りが生じないこと
- 相当程度の投資が可能なキャパシティを持つこと
また、ESG要素については次のように書かれています。
- パリ協定や持続可能な開発目標(SDGs)など、持続可能な社会構築等を目的とした国際協調に資する要素
- E に関する要素 地球温暖化、エネルギー効率、水資源、生物多様性 等
- S に関する要素 女性の活躍、従業員の健康 等
- G に関する要素 取締役の構成、公正な競争、汚職 等
今回はESG投資をパッシブ運用(指数に連動する運用)で行うための取り組みですが、GPIFほどの巨大な機関投資家の場合はどうしても条件6や7で書かれているようにしっかり分散を効かせるというのと相当程度の資金でも運用可能なものになってしまうので時価総額上位銘柄がずらっと並んだ総花的なものになってしまいそうです。
そこは残念なところではあるのですが、とはいえESG投資は銘柄選択では終わらず、投資した後も株主として企業の長期的成長を促すエンゲージメントや議決権行使まで含まれています。長期投資家としての矜恃をしっかり持って投資先の企業と向き合って欲しいと思います。
GPIF謹製ESGインデックスに一般人も投資できるようになるのか?
今年の5月には人財・設備投資に積極的な企業へ投資するETF(賃上げETF)が上場、日銀による金融緩和の一つの策として買い入れが行われています。今回のGPIFの指数公募で採用されたインデックスに個人は投資できるようになるのでしょうか?
あくまでも日銀が買い上げることを目的に作られた賃上げETFとは異なり、GPIFは指数に連動した運用を運用会社に委託することができるため、わざわざETFを組成する必要はありません。
指数が公開されると年金基金などがESG投資を手軽に実現する(≒やってると見せる)方法としても有効だと思いますが、ETFとして上場したりインデックスファンドが組成されると個人でも投資できるようになります。
鎌倉投信の結い2101に対するフルインベストメント&低コスト戦略として使えるんじゃないか?という的外れな声もありますが、巷にあるSRIファンドがコスト高すぎてベンチマーク(なんでSRIファンドのベンチマークがTOPIXなんだってところもツッコミどころですが)対比で優位性を見いだせないという人達にとって一定の評価を得られるんじゃないでしょうか。TOPIXよりリターンが高いかどうかはわかりませんが。
ESG投資という意味では鎌倉投信ではなく、コモンズ投信のコモンズ30ファンドの方がより近いと思います。(ESGも含めて企業を評価しているという位置づけなので純粋にESGファンドではありませんが)
現時点でESG投資に興味があるような(特に私のような特殊な)人はインデックス投資としてESG投資したいような人達ではないような気がするのでファンドを作っても売れるかどうかはいまいちわかりませんがどうなんでしょうね?
でも、実際に商品があれば興味を持った人が投資することができるようになりますのでESGインデックスファンド or ETFはあった方が嬉しいです。
海外では責任投資を普及させるフェーズからいかにインパクトを生み出すかへ
6月に参加した「企業はESGと財務のパフォーマンスをいかに両立していくことができるのか?」セミナーで話していたソーシャルインパクト・リサーチの熊沢さんのアプローチは面白かったので指数化ではなくアクティブファンドとして商品化されるともっと嬉しいです。
そのセミナーの中で「海外では既に国連責任投資原則(PRI)のプレイヤーが増えた。これからは責任投資の普及からいかに投資でインパクトを生み出すかに軸足が移っている。」という声もありました。
日本はこれからプレイヤーが増えていく段階ですが、インパクトを生み出すという本来目指していたところも努々忘れず取り組んで欲しいと思います。