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"いい投資"探検日誌 from 新所沢

しあわせをふやす いいお金の使い方を考えています

【いい会社の理念経営塾】マザーハウス取締役副社長 山崎大祐さん「Warm HeartとCool Headで新たな挑戦・可能性そして社会をつくる」

10月28日に開催されたいい会社の理念経営塾のゲストはマザーハウス副社長の山崎大祐さんでした。

いい会社の理念経営塾 「つらぬく経営」第3回 
 株式会社マザーハウス 取締役副社長 山崎大祐さん

 日時:2015年10月28日(水) 19:00〜21:00
 場所:TIP*S/3×3Labo
 主催:NPO法人 いい会社をふやしましょう

ソーシャルビジネスとしてしっかり利益を上げながら素晴らしい製品を作っているマザーハウスを副社長として数字の面で支える山崎さんの話を聞くのを楽しみにしていました。前半は山崎さんの講演、後半は鎌倉投信の新井さんとの対談形式で行われたセミナーのメモを元にレポートします。

ゴールドマンサックスに入社したきっかけが面白いなと思いましたが、そうしたベースがあったからこそマザーハウスのような会社に自然に参画出来たのだと思いますし、逆にゴールドマンサックスで働いていたからこそ経営的な面でしっかり舵を取れているのだと思いました。「Warm HeartとCool Head」という言葉はこれからの社会に必要とされるキーワードだと思います。

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なぜゴールドマンサックスからマザーハウスへ参画したのか?

山崎:

今日は新井さんと対談するのを楽しみにしていました。
前職はゴールドマンサックスでエコノミストを4年間勤めていたので、どうして社会企業に行ったのかと聞かれることもあります。

私が新卒でゴールドマンサックスに入ったのは金融に問題意識があったからなんです。
学生時代、ベトナムのストリートチルドレンを撮影しにいったら明るく元気な夢を語る子ども達でした。
日本の子どもより夢を語る姿を見て豊かさとは何か学びました。

経済的な豊かさはもちろん大事ですが、物質的豊かさだけを求めた結果がアジア金融危機を生み出しました。
どんなに現地で頑張っても金融危機一発で世界は変ってしまいます。
金融危機の後、インドネシアでは豊かな中国人(華僑)が襲撃されたりもしました。
すべて生活が変わってしまうんです。

『資本論』などを読んで反資本主義的な考えを持っていたので、逆に就職先は資本主義のど真ん中に行こうと考え、ゴールドマンサックスに行きました。

そこで自分が単純に問題意識を持っているだけでなく、世の中を動かしている人が問題なんじゃないかと気づき、これを変えていくのは難しい、構造化されていて無理だと思いました。
そんな時、マザーハウスに出会ったのです。
マザーハウスには創業に参画して、今も経営者として続けています。

鎌倉投信の話を聞いた時、そういう志がある投信があるんだと思いましたが、同時に難しいんじゃないかと思いました。
それから少しずつ大きくなっていった事を心からすごいと思います。
自分がやりたかったことをやっていることを心からリスペクトしています。

 

マザーハウスの創業まで

マザーハウスについてお話しします。
理念は創業から変わっていません。
途上国=貧しい、かわいそうというイメージがありますが、中には頑張っている人もいます。
そういう所にスポットを当てようとしています。

社長の山口は小学校の頃いじめられていて中学で非行に走り、喧嘩にあけくれていました。
そういう意味では社会にご迷惑をかけていたんです。
高校の時、もっと強くなりたいと柔道場に行きました。
そこでルールの上で戦うことを覚えて高校三年間は柔道漬けです。
日本で7位にまでなりましたが、彼女がいたのは48kg以下級。
つまり柔ちゃんと同じ階級だったんです。
いじめられていたことで始めた柔道でしたが、今度はそんな子でも学校に行きたくなるようにしたいと偏差値45から猛勉強して慶応大学のSFCへAO入試で入学しました。

世界には貧しい子ども達がたくさんいて、売春や親の都合が合わない為に学校に行けない子どもたちがたくさんいる事を知り、米州開発銀行へインターンで入り、南米の開発に携わりました。
そこでは大量のお金が入ってくることもあり、本当に現場に届いているのかわからないし、現場に行ったこともない人達がまわしていて、山口はそれは違うんじゃないかと感じるようになりました。

自分もそうだったのですが、アジア最貧国バングラデシュに行って現実を見てきました。
2002年の事です。
今ではずいぶん変わって貧しいというより元気なイメージがありますが、私が初めて行った頃は空港を降りるとストリートチルドレンが溢れていて歩けないくらいでした。

山口はここに2週間いるだけではわからないと、そのまま2週間の滞在期間のうちに現地の大学に合格してバングラデシュに残ることにしました。
最初は支援や寄付をしようとしていましたが、それだと豊かな日本人が支援や寄付をすることは当たり前と思われます。
大量の支援資金が一体何処に行っているのか知ろうと商社の現地法人のインターンをしましたが、そこで知ったのは一生懸命工場は稼働している一方で買い叩かれている現実でした。

こういう人達に可能性を渡す事でいいものがつくれるんじゃないか?そう考えた山口はジュート細工を見てあれをいいものに仕上げたら日本でも売れるんじゃないかと考えます。
お金がないので日本に帰ってアルバイトで50万円貯めて現地でバックを作ってくれる工場を探し回りました。
現金で払ってくれれば作ってくれるという工場を見つけ、160個のバックを先に作りました。

それを日本で売ることになり、まず最初は家族に売りました。
そうやって僕のところにも山口がバックを売りに来ました。
当時の自分は稼ぎが良かったので10個くらい買いました。
その時、一緒に会社をやったほうがいいねという事になり、マザーハウスを作りました。

 

作り手の顔が見えるものづくり

2006年、お互いに250万円ずつ出して創業したマザーハウスは現在では日本で16店舗、海外を含めると全22店舗にまで広がりました。
バングラデシュに工場、ネパールに染め工場を持っています。工場は完全自社工場で、レザー加工ではバングラデシュでも三番目に大きな規模の工場です。

マザーハウスではNo1の労働環境をつくる、世界のものづくりの多様性に貢献する事を目指しています。
バングラデシュではバックを作り、ネパールではストールを作っています。
特徴としては女性が子育てしながら働いていて、工場ではなく工場はなく家で織ってもらっています。
そうして染めと検品を自社工場で行うというように現地の生産方式に合わせています。

インドネシアでは伝統的な細工を施したジュエリーを現地の職人さんと直接契約して作っています。
ジョグジャカルタで金細工も作っていますが、調合も自分達でやっています。

現在、日本で16店舗、台湾で5店舗、香港で1店舗の合計22店舗で営業しています。
世界展開は簡単ではありませんでしたが、合弁やエージェントを使わず自社で展開しています。

最近のビジネスの流れはコアのビジネスに集中して周辺の事業は外に出しますが、マザーハウスでは完全に逆で、入口から出口まで全て自分たちでやっています。
皆さんにもお店に行ってみて欲しいのですが、お店も自分達で作っています。
直営店は床から自分達で作っていてストーリーテラーとしてモノを売る事に注力しています。

また、1店舗1人くらいしかアルバイトはいません。
アフターケアも永久修理対応にすることでお客さまから情報が集まるので工場へフィードバックが出来ます。
すべてはお客様のために。工場へ情報を返して更に商品をよくしていくための仕組みです。

マザーハウスが意識していることはお客様と作り手の架け橋になることです。
この中に誰がどこの国で作っているかわかるモノを持っている人はいますか?
こんなに情報化が進んだ社会でも自分が使っているものが誰がどこで作ったのか調べてもわからないのです。

例えば着ている服やペンはどこで作られたのか?完全なるブラックボックスです。
これは自分たちで工場を探している中で知ったことで本当に衝撃的な光景だったのですが、ISO14001を取得している工場なのに床に従業員が食べ散らかしたゼリーが散乱していたのです。
そこで作られる商品は最終的にきれいなパッケージに入れられ、ひたすら競争させられていました。

顔が見えることを大事にして、全部出しても恥ずかしくない。
日本のものづくりはその方向に向かっていますが、世の中全部をそうするのは無理です。
そして私たちの生活を支えてくれているのは途上国です。
そこでマザーハウスのお客様にも参画してもらおうと座談会も開催しています。

とにかく人が動くことが大事です。
山口はほとんど現場にいますし、店長は全員工場研修でラインに入ります。
また、ネパール震災の5日後には現地に行っていました。
自分が乗った飛行機は半分が自衛隊の人たちでしたが、大変だろうという事で300万円持って行きました。

バングラデシュの自社工場ツアーをやっています。
これはお客様にも工場に来て見て下さいというもので2009年に始めました。
工場を見てもらうのが一番綺麗になると思ってやったのですが、実際に生産スタッフのモチベーションがツアー翌日から変わって品質が良くなりました。
日本から来たお客様と一緒にエコバックを作ることでポケットが大事なんだと知ったり、日本人の希望を肌で感じる事が出来たようです。

世界はどんどん多様な世界になる一方でものづくりは一様化が進んでいます。
3Dプリンタもある意味規格化と言えます。
大量生産の世界ではおばあちゃんの知恵などは消えてしまい、経済性がないと後を継ぐ人が出てきません。
このままでは将来に残らないので、残るように開発しなおしました。

マイノリティにこそ可能性があると考えていて、あるパネルディスカッションで医療マイノリティを支援する桜井さんと話す機会がありました。
乳がんの人の悩みの2番目はバックなんです。
乳がんの手術痕に当たって痛くならないバックが望まれていると知り、2つ返事で作りましょうと答えました。

早速サンプル作りましたがビジネスにはならないだろうと思っていたのでまず50個作りました。
ところが50個は3日で売り切れてしまい、その後2か月で300個売れました。
3万円するバックなのにです。
痛くないバックを作ると自転車乗りの人がこういうのが欲しかったんだと言って買ってくれたり、本当に必要な人に届いていないんだなと実感しました。

 

お客様とともに

マザーハウスカレッジではいろんなゲストを呼んで「その先にある未来について」対談しています。
今は二項対立の時代ではありません。
お客様のためにと言いますが、実際に買ってもらえる金額はいくらなのか?そこを超える事を考えています。
会社の先にある未来を考える会に、これまでのべ1300人以上の方に来ていただいています。

お客様とともにという事では鎌倉投信さんでは受益者総会を開いていますが、マザーハウスでもお客様総会をしています。
マザーハウスにももちろん株主はいますが、あえてお客様総会をしています。
この会にはマザーハウスのバックを持っている人は無料で入れて取締役の3人がそれぞれ20分、TEDのように会社を引っ張るリーダーとして未来を語ります。

山口は絵本のように、自分は今と同じように、モインさんは現地スタッフの写真を使って話します。

「マザーハウスに教えてもらったこと」

こう書くとかっこよく聞こえると思いますが、僕も最初からこんなことを考えていたわけではありません。

マザーハウスの1年目のオフィスは僕の家でした。
いろんな人が僕の家に勝手に集まって手伝っていたんです。
それを見ていると自分も一緒に仕事をしちゃうんです。
寝るより楽しいことがあるんだと教えてもらいました。

東急ハンズやインターネットなどで売れてもせいぜい10個という時代に、マザーハウスのバックをどんな人が買ってくれたのかお客さんが見えない事に疑問を持ちました。

誰が何のために買って、使ってみてどうだったのか感想もわかりません。
そこでオフ会を開いたら40人のお客様に来ていただけました。
こんなことを考えて買ってもらえたんだという事を知って嬉しくなり、こういうイベントをやり続けようと決めました。
それがお客様総会の始まりです。

 

手作りの店舗

お客様とふれあうのは楽しいと知ったのでお店を作りたいと思いました。
開店資金をどうしようかという話になって山口が私が稼いでくると言いました。
そうして山口は大和証券のビジネスコンテストに出て、優勝してきたんです。
優勝賞金したらもらえる300万円で何をしますか?と聞かれてお店をつくりますと答えたら審査員を含めてみんなにで笑われました。
そんなお金ではお店は作れないと言われたのです。

当時、マザーハウスでは入谷に倉庫があったので道路に面したところに商品を並べてみようという事になりました。
什器も素人の自分たちで作ったのでぐらぐらするのですが、それでも1週間に3個売れました。
入谷という下町の感じがどこかバングラに似ていると山口は言いました。
自分たちの手で作った1号店は結局150万円しかかかりませんでした。

必要は発明の母だなと思います。
半分は自分達で作っていて、自分たちの原点はここにあります。
つくる喜びはすごく、人間力が上がった気がします。

また、お客様の声が集まり始めるようになりました。
いいものを作りたいと生産委託の工場に山口が常々言っていましたが、なかなかサンプルで良いものを作れないんです。
工場からすると少数しか作らないサンプルではお金にならないからです。
そこで自分達でサンプルルーム作りました。
そうすると圧倒的にいいものが作れるようになり、今では従業員が160人の規模にまでなりました。

 

素晴らしい仲間たち

マザーハウスでインターンにはきづき塾の安田さんやMrミニッツ社長の佐古さんといった優秀な若い人間ばかり集まりました。
想いにはエネルギーを持った人が集まります。
マザーハウスのインターンから起業した人は8人にもなります。

世界には素晴らしい仲間がいます。
ビジネスを通じて教えてもらったのは世の中には凄い人はいっぱいいるという事です。
でも、バングラに生まれたというだけで優秀ではないとラベリングされてしまっているのです。
自分の固定観念を本当の意味で壊してくれたのがモイン。
バングラデシュの現地社長で日本の取締役もしています。

彼は2008年、マザーハウスにとって一番大変な時に仲間になりました。
それまでトップが知り合いという家族のつてで借りていた工場を突然追い出されたのです。
当時モインはウォールマートで人事をしていたので「辞めるか辞めないかは君の自由だ。」と伝えました。

すると「僕はここに来ると決めたんだ」と言って次の日から一緒に工場を探してくれました。
苦しいときに来てくれる仲間こそ信じられます。
一緒にやってきて本当に良かったと思える彼も初めて日本に来る時、なかなかビザが下りず苦労しました。
どれだけ優秀な人かは関係なく、バングラデシュのパスポートを持っているからだという事にショックを受けました。

世界は戦い合っていることが多くあります。
違う価値観に出会うことが喜びでなければそこに争いが生まれます。
世界にそういう価値観を広げていきたいと思います。

 

後半の鎌倉投信 新井和宏さんとのディスカッションにつづきます。