いい投資探検日誌(from 八女)

しあわせをふやす いいお金の使い方を考えています。2017年に所沢から八女に移住しました。

いい会社の理念経営塾(1) エー・ピーカンパニー大久保伸隆氏 (前編)

6月18日(水)にNPO法人いい会社をふやしましょう主催の「いい会社の理念経営塾 〜組織を動かす"ふつう"の人たち」の第一回が開催されました。

日時:2014年6月18日(水) 19:00〜21:00

講師:株式会社エー・ピーカンパニー取締役副社長 大久保伸隆氏

場所:3×3 Labo

主催:NPO法人いい会社をふやしましょう

いい会社の理念経営塾は昨年も開催されましたが、今回はふつうの人があることをきっかけに組織を動かすまでに至った事にスポットをあてています。5回シリーズで

 第二回 7/9(水) JR東日本テクノハート 矢部輝夫氏
 第三回 7/23(水) 帝人フロンティア 宮武龍太郎氏
 第四回 8/6(水) 鎌倉投信 鎌田恭幸氏
 第五回 8/20(水) 石坂産業 石坂典子氏

と今後も魅力的な方が続いています。興味を持たれた方はぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?

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いい会社の理念経営塾(2) JR東日本テクノハート TESSEI顧問 矢部輝夫氏(前編)
いい会社の理念経営塾(2) JR東日本テクノハート TESSEI顧問 矢部輝夫氏(後編)  

いい会社の理念経営塾(1) エー・ピーカンパニー大久保伸隆氏 (後編)

 

江口耕三氏(NPO法人いい会社をふやしましょう 理事長):
いい会社の理念経営塾は5回シリーズで開催します。

できれば全部参加して欲しいのですが、お配りしたチラシを例えば社長の机の上に置いておいて紹介いただいてもいいと思います。影響を受けた社長が社員の方に本を薦めた次の日から変わったという実話もあります。

もう一枚は当NPO法人の説明です。「いい会社をふやしませんか」などまだまだ名前を間違われていていますが、これを期に覚えていただければと思います。

当NPO法人ではいい会社を目指す社会人をふやしていきたいという理念のもと、活動を行っています。今日開催しているような理念経営塾を定期的に開催している他、趣旨に賛同するサポーターや市民をふやしたいという事でシンポジウムも半年ごとに開催しています。

いい企業人材をふやすという意味で大学生向けに講義のアレンジメントも行い、起業家人材の育成にも取り組んでいます。今回の理念経営塾のテーマは「組織を動かす普通の人たち」です。

いい会社の経営者を見ていると何かのきっかけで変わったように感じます。それは環境の変化であったり人それぞれで、中には映画をきっかけに変わった人もいます。

リサイクルに取り組んでいるその人はバックトゥザフューチャーという映画を見て変わりました。「江口君、デロリアンが何で動くか知っている?」と映画の中に登場するタイムマシンの動力を聞かれたので知りませんと答えると「デロリアンは生ゴミで動いているんだよ。僕はあの世界観を作りたいと思ってリサイクルに取り組んでいるんだ」と話されていました。

きっかけを得た人は急に変わる人もいればじわじわと変わる人もいます。

ただ、変化がさらなる変化を呼ぶのです。変化が持続するためには信念や理念、モチベーションが必要ではないかと思いますが、個人の変化がいかに企業に伝わっていくか、求心力から遠心力へ、いい会社になっていくためのプロセスを経営者の話を通じてヒントを感じてもらえればと思います。

今日は変化を実践しているエー・ピーカンパニーの大久保副社長に来ていただいています。それではよろしくお願いします。

大久保伸隆氏(株式会社エー・ピーカンパニー取締役副社長):

今日は普通の人が組織を動かしているという主旨のようですので、普通の人っぽく話していきたいと思います。

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エー・ピーカンパニーでは地鶏の養鶏を自分の社員がやっていて、地域で雇用を生むことの価値を知りました。また、自分たちが養鶏をすることで間の問屋さんを通さずに済むため、お客様には美味しい鶏肉を安く提供でき、生産者の所得を1.5倍にすることができました。

生産をしていると売るということが難しいのですが、自社で飲食店というツールを持つことで販売先も確保しています。飲食店はヒューマンビジネスですが、そちらを私が担当しており、入社してから7年になります。

昔、あるところにこういう少年がいました。


彼はセミが嫌いなお姉ちゃんにセミを付けて驚く姿を見るのが趣味でしたが、自分では背が小さくてセミを取れないため、網を持って道行く人の中からやさしそうな人に声をかけてセミをとってもらっていました。

それで籠一杯のセミを取って帰り、お姉ちゃんにつけて喜んでいた大久保という人がいたのです。

昔から自分でやるというマインドがなく、人に協力してもらうという子供でした。

5人兄弟の末っ子で、上は姉、姉、兄、兄みんなヤンキーでした。ある日、お姉ちゃんが熱湯で鞄をつぶしていたので「何をしているの?」と聞いたら「武器をつくってる」という答えが返ってきました。当時、スケバンの実質的価値はいかに堅くして人を殴るかにあったのです。

また、兄は地域で一番のワルで毎日理由なき抗争をしていました。
そんな兄にスクーターのすきまに自分が乗せられたままレースをしたりもしていました。

ただ、自分は兄貴が反面教師となり、グレることはありませんでした。
割と器用になんでもこなせたので自由にやっていて、自由の裏に責任があることにも気づかず、何にもハマることなく集中することもなく子供時代を過ごしました。

大学一年の時、1年でバイトを10個やめるという快挙もなしとげるくらいブラック人間だったのです。

そんな自分が大学2年で初めてハマったものができました。
本八幡にあるしちりんという居酒屋でのバイトで、うまれて初めてうまくできなかったのが悔しかったのです。

店には500本のボトルが置いてあったのですが、瓶にはニックネームで書いてあるにも関わらず50音順で並んでいるわけでもないのです。バイトはまず最初にボトルを出すことから覚えます。これがうまくできるようになりたいと、ここのバイトを始めるようになって大学に行かなくなりました。

毎日14時に出勤して深夜2時にバイトが終わって、その後は朝の5時まで飲んで、更にボーリングを10ゲームくらいやって10時に寝る。そして起きたら本業のバイトへ向かう・・・そんな生活を送っていました。


仕事を頑張るようになった一番のきっかけは居酒屋のバイトを就職のために辞める日でした。今でも忘れないでいますが2月13日の火曜日でした。

自分のバイトとしての最終日に店がガラガラだとかっこわるいと思ってましたが、満席になってウェイティングになっている店内をふと見まわしたら全席自分と仲のいい常連さんだったのです。

そして、全員が自分が就職することを祝ってプレゼントを持ってきてくれていました。
感激してその時、はじめて人前で泣きました。

それまでは頑張ってないので特に達成感もないピーターパン症候群だったのですが、居酒屋っていいな、仕事っていいなと思えるようになりました。その感動体験をうけて仕事への考えが変わりましたが、ナンバー2を楽しいと思えるようになったのはその時の経験がもとだと思います。

最初は不動産会社に就職しました。なぜかというと就活を始めて1社目にうかったからです。

大学に全然行っていなかったので2月に初めて大学に行ったらみんな黒髪になっててどうしたの?と聞くと就職活動のためにみんなが黒髪になっていたのです。

結局自分は3月まで就職活動できなかったのですが、1か月間毎日3社の説明会に行っていました。不動産会社に就職が決まったので宅建も入社前に全国でもトップレベルの成績で合格していたので同期入社222人の中でもトップでした。

1年間、営業成績も優秀だったのですが日曜日の夕方にサザエさんを見ると、今だったら今日はじゃんけんで何を出そうかな?と考えますが、当時は会社に行きたくないなと考えるサザエさんシンドロームになりました。

当時の上司はパワハラや体育会系で、そういうのが自分はうっとおしくて嫌で、しかも教えてくれたのは美味しいつけ麺屋1軒だけで他は何も教えてくれませんでした。

自分の仕事は地主さん向けの訪問営業で、3ヶ月に1回契約を取れれてばいいというような1回数億円の仕事でした。そんな中、お客様に外壁の塗装はめんどくさいですよねとか、空き室リスクがありますよねといったデメリットは伝えないのが嫌でした。

もう一つの理由は60歳のおばあさんにローンを組ませるのが性に合わなかったのです。そこで、680円で鶏を売る仕事に転職しました。

不動産をやっていたときに感じたのは生きがいを感じることがなかったという事です。
なんとなく仕事にやりがいはありましたが心に穴が空いていました。そこで母に今後について相談をしました。

親戚はエリートばかりの中、母は自分の子がワルばかりで肩身の狭い思いをしていて、自分が不動産会社に就職した時は本当に喜んでくれていました。

当時の自分はエリートコースが約束されていたので残れって言われるかと思いましたが、それなら飲食に行けと言われ、たった5店舗くらいしかない訳のわからないエー・ピーカンパニーという会社へ転職することになりました。

高校受験のサポートする塾の先生が親の面談をする時、親に必ずする質問があります。
なんでうちに子供をいれたいんですか?
「いい高校にいれたいからですよ」

なぜいい高校にいれたいんですか?
「いい大学にいれたいからです」

なぜいい大学にいれたいんですか?
「いい会社にいれたいからです」

なぜいい会社にいれたいんですか?と質問するとそこで黙ってしまうそうです。
そこで出てくる答えは「こどもに幸せになってほしいからです」というものです。

母はこれを願ってたんだなと思いました。
それで、不動産をやっていた頃よりも楽しく稼いでやろうと思いました。

当時のエー・ピーカンパニーはひどい会社で、いまはまあまあの会社ですが、KOSEA会館という韓国系の会社?と思われるようなビルに本社があり、怪しい会社でした。
ただ、不思議なことに社長の米山は人をわくわくさせるのが得意だったのです。

養鶏場を作って100店舗にして上場するという話を聞いてなんとなくわくわくしたのです。今振り返るとそれはほとんど実現しています。

4月2日に入社して、一條さんという常務が自分をアテンドしてくれました。2時間話して出てきた言葉は会社と社長の悪口ばかりでこの会社はあかんと思いました。でも、「あれ?ちょっとまてよ。こんな危険因子を2番手にする懐の深い人?」という勘違いをしてしまったのです。

最初の配属は田町店で小さなハコのお店で1日6人でまわしていました。社員は僕と店長と料理長の3人で、しかも店長は1ヶ月後にやめることになっていて実質2人じゃんという状況です。

大変でしたが頑張ってなんとか終わった23時頃、店長に「大久保君、助かったよ」と言われてなんで自分が助けないといけないんだと思いました。今はあまりやっていないのですが、当時はランチもやっていて1日16時間くらい働いていました。

長く働くのはいいのですが、健康を害するくらい働くのは嫌でした。慣れてきた4日目に一條さんがまた来て、上野に行けと言われました。田町は2人だけになるけどいいのか?と思いつつ上野に行くと若い店長がいました。

仕事が終わった後、店長が飲みにつれていってくれて、飲食店は売るものに自信をもてるかどうかで、接客を良くしたら変わるという問題意識を自分と同じように持っている店長でした。

サービスを良くしてアルバイトさんが輝く会社にしたいという話を聞いて、初めてまともな人に会ったと思いました。自分はこれまで人に助けられてやってきました。運がよかったり、恵まれていたりもします。

入社して3ヶ月がたち、葛西店の店長になりました。葛西は10ヶ月で地域一番のお店にしましたが、そこではコミュニケーション時間に気を付けていました。仕事としてバイトや社員との関係をよくしようと話す時間をふやしたらバイトが早く来るし、仕事が終わってもなかなか帰らないようになりました。それでバイトが終わってから一緒にジョナサンに行ったりしていました。

葛西店を辞める日にまた事件が起きました。

その日は土曜日だから売り上げがたつと思っていたら21時にノーゲストになったのです。予約も入っていないしなんだよと呼び込みに行こうとするとバイトが止めるんです。

なんなんだと思っていると21時30分に全席常連さんで満席になりました。バイトがもう一枚裏で予約票を作って、常連さんにどうやって声をかけたのかみんなを集めてくれました。母親も呼ばれていてそれだけは恥ずかしかったのですが・・・

やっててよかったなと人生で2度目の人前で泣きました。

次に行った錦糸町店ではこれまでの経験でノウハウはうまれてきていたのでやれるだろうと思っていたら問題が起こりました。

葛西店を自分が辞めた後、同じアルバイトがやっているのに売り上げがどんどん落ちたのです。その時に自分は浮かれてたと思いました。俺がいたからこの店はうまくいくと思っていたけれども、それではサラリーマンとしては失格です。

錦糸町店は今ではディズニーキャストが来て泣いて帰るくらいの旗艦店舗なのですが、当時は売上がなかったのでキャッチしてお客さんをつかまえていました。

キャッチで10%引きしても喜んでくれているお客さんはゼロで、あげくに割引を忘れると怒られてしまいます。

この死んでいるお金をなんとかしたいと、自分がいなくてもサービスできるように思い切ってバイトさんに渡してみようと店内販促をするようになりました。

飲食店ではいかに帰ってもらうかが大事で、顧客獲得コストは高くありません。
不動産営業は99%断られる世界だったので、2時間もお店にいてくれるというのはありえない好条件でした。

例えば炭火焼きを頼むと脂がのこります。そこも美味しくたべてもらうようにライスを入れて調理するようなことを考えました。

そしてバイトにも考えてくるように言いましたが誰も考えてきません。なんだよやる気ねーなと思っていましたが、コンサルと話している最中に店内販促でちょっとずつ仲良くなっていくのでジャブと名前をつけました。

そこでバイトさんにジャブを考えてこいと言ったら全員考えてきたんです。単純だなと思いましたが、ユニークさに飢えているのかなとも思いました。

ネーミングにこだわる文化はそこからきています。

鶏肉の残りの脂でライスを作る原価分、店は損するけれども美味しいものをもらうとお客様には喜んでもらえます。価格では無く価値を大切にしているのでそこまで価格競争をしなくていいのです。

ただ、課題もあります。

たくさん考えてくるジャブの中にちゃんと続くジャブと続かないジャブがあるのです。
そもそもサービス業は喜びの瞬間を共有できることという事でお客さんと仲良くなる理由を

EIS(従業員感動満足)=CIS(お客様感動満足)

と位置づけました。自己満足ではないサービスです。

こうすることでサービスの精度があがりました。
今では4000ジャブくらいあって会社の大切な財産のひとつになっています。

うまくいっているような話ばかりしてきましたが、モデル店と呼ばれる錦糸町店で問題をおこすのも自分でした。例えば信頼していた女子社員にお金をぱくられたり、12月にぼやも出しました。

お客さんを避難させたり、翌日も営業を休んだので予約のお客様を他のお店に案内したり大変でしたが、アクアフィルターというのをつけてボヤが発生しないような設備を導入するきっかけにもなりました。

錦糸町店では上質なサービスを提供することでお客さんの層も徐々に変わっていきました。いいお店にはいい人がくるのです。2年目からは絶対に売り上げが下がらない自信がつきました。

名刺システムを導入しましたが、来店回数で出世する仕組みにしました。今では競合他社も真似したり、つんくも真似したのではないかと思っています。東急も?

 

名刺システムには開発に1年かけています。値引きではないインセンティブ考えていてTSUTAYAで思いつきました。

漫画でも読もうかとTSUTAYAに行った時、島耕作が漫画の中で出世すると帯が変わることに気づきました。島って鳥に似てるという事で鳥耕作というのをひらめいたのですが、その名前は弁護士に止められました。

初来店から二回目に来店いただくのは大変ですが、三回目にはかなり来ていただけるようになります。人間には定住しないDNAがありますので飲食店において効率がいいのは初来店してもらったお客様にいかに次回来てもらうかです。

次来たらいいことあるからというシステムを導入して、3回来てもらえるようにしました。

マズローの5段階欲求として生理的、安全、所属、認知、自己実現の欲求がありますが、不景気になると尊敬・昇進が不足するようになります。SNSが流行するのと同じ背景だと思いますが、昇進を祝ってもらう事にハマるのです。

カードにはバイトの名前を書かせることで可視化され、従業員もやる気を出しました。
ただのポイントカードではないのでリピートによる売り上げの分析ができようになります。

また、お客様は平均3.23人で来られますので商品が飽きられたり規模拡大で教育が追いつかないなどの不確定要素はもちろんありますが、リピーターさんが4ヶ月に1回来てくれれば予算を達成して理論上は売り上げが落ちません。

日本には創業から100年以上の会社が2,200社あります。世界中で5,586社しかないうち、かなりの割合が日本にありますが、そうして古くから残っている企業の多くは理念経営をしています。

塚田の社員旅行というお客様を宮崎に招待したり、増税なんのそのという事で大入キャンペーンなども展開しました。 

錦糸町店は100席のまま5年連続売上が伸びています。また、検索キーワードを分析すると塚田農場が居酒屋チェーンで1位になりました。店舗数は他社の1/3なので3倍検索されていることになります。

シンガポールでも日本と同じシステムでやっていますが3時間待ちの繁盛をしています。教育ノウハウがないだけで基本的には同じなのです。

規模拡大の中で気を付けていることがあります。

日本では交差点に信号機がありますが、あれは信号無視という違法者を生み出しますし、停電するとトラブルも起こります。ルールに頼ってしまうことで何かあるとうまくいかなくなるのです。

イギリスで導入されているラウンドアバウト方式のようなシンプルなルールを導入することで事故や渋滞も少なく、取り締まる必要もなくなります。

マニュアルは創造性を奪います。
大量生産の中でマニュアルは効果を発揮しましたが、創造性を発揮しないといけない場面では逆効果になります。

技術革新の明と暗の話として、田舎にいる人は東西南北を把握していますが、都会にいるとスマホやカーナビなどに頼って東西南北の感覚が失われています。

カーナビやメール、電卓のような技術は便利さの反面、地図を読めなかったり、コミュニケーションが難しくなったり、計算ができない人を生み出しました。

LINEで既読がわかるのも最初はいいと思いましたが、今では既読スルーでストレスを感じる人がたくさんいます。与えすぎは大切なものを奪うのです。

「地球の中に完璧なものは自然しかない」

自然の一部だという考え方が大好きで、今はあえてルールから崩す段階にいます。

熱闘甲子園という新卒社員だけのお店を作ったのも、本部がいろいろやりすぎて店長がつまんなさそうにしていたのがきっかけでした。以前は店長がいろいろやる必要があって大変な反面、オーナーシップや達成感がありました。それを取り戻そうという取組です。

結果はオープン日こそ最悪でしたが3ヶ月でみんなが楽しそうでよくなってました。
長期的なお客様満足度をうむのはそっちのやり方で、短期的に効率的なことは長期的に非効率なのです。

プロセスとオーナーシップが大切です。

大きな木で例えていますが、土のなかに人間性(根っこ)があり、幹は会社への愛情でミッションへの共感 感情移入を意味します。
太陽は褒める事や成功体験で挫折や失敗といった雨・嵐や台風を乗り越えて花が咲きます。開花には上司のサポートが必要です。

弱体化するのは教育者の教育で、実ができるとそこが個性になります。
更に実は新人の熊に栄養を与えるようになって一人前です。

自然をベンチマークにという事で山の中で勉強もします。
21世紀型大自然経営と呼んでいて今はまだ知られていませんが、5年後くらいには最先端になる予測です。

すべては現場からやってきた積み重ねです。

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次回後編は大久保寛二さんとのセッションです。

2014.6.18いい会社の理念経営塾|そとは真っ青な空。

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