"いい投資"探検日誌 from 新所沢

しあわせをふやす いいお金の使い方を考えています

鎌倉投信いい会社訪問"100年の森訪問"ツアーに参加しました (1)木の里工房 木薫〜あわくら荘

5月17日(土)〜18日(日)にかけて鎌倉投信のいい会社訪問”100年の森訪問"で岡山県の西粟倉村に行ってきました。いつもはミュージックセキュリティーズの共有の森ファンドでのツアーで行っていましたが、今回は鎌倉投信の受益者の方と一緒です。

2日間、トビムシの子会社である西粟倉・森の学校の社長の牧さんが西粟倉を案内してくれました。いつもはバスガイドから何から話しっぱなしの新井さん(鎌倉投信の運用責任者)も西粟倉ではあまり出番がありません・・・

智頭急行大原駅に集合したらいよいよ出発です。今回は西粟倉村の100年の森構想の原点とも言える木の里工房 木薫が主役です。

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西粟倉・森の学校の牧さん

木薫の社長、國里さんから木薫を立ち上げた経緯などをお聞きしました。

大阪で製薬会社で営業をしていた國里さんですが、いずれ帰ってくるなら早いほうがいいという事で西粟倉村に帰ってきました。たまたまその時に募集があったのが森林組合で林業のことはわかっていませんでしたが、働くことになりました。

かつての西粟倉村は仕事はどこかから降ってくるものという感覚で11件あった土建屋は公共事業に依存し、農家は農協に言われたものをつくることで収入を得ていました。森林組合も仕事を自分で探すものだという感覚はなかったのですが、大阪で営業をしていた國里さんは仕事を取ってくるという感覚で仕事をし、予算がついたからという理由で始まった丸棒事業でも土木向けに販路を拓いて基幹部門に育て上げます。

その頃、森林組合に合併があり西粟倉の森林組合は主導権をとることができませんでした。結果として役所に何か言って補助金で飯を食っていくという状況になってしまったために國里さんは独立することになりました。

2005年に心産業という村の理念を打ち出した西粟倉村でしたが、木薫で國里さん達がはじめの一歩を踏み出した事で、粟倉村役場も100年の森事業という形で具体的な動きを始め、アミタHDのアミタ持続可能研究所の所長として西粟倉の地域再生マネージャー事業に携わっていた牧さんも任期が終わった後も引き続き西粟倉に留まって地域商社としての西粟倉・森の学校を始めることになりました。

國里さん達の挑戦が周りを巻き込んでいったのです。

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100年の森構想が始まった原点とも言える木薫の國里さん

間伐した木は通常、原木市場に持って行かれますが市場とは名ばかりで買い手があまりいないため自然と談合が起こり、価格はせり上がるどころか下がってしまいます。出荷する方はそれを黙って指をくわえて見ているしかないのです。そこで、木は原木のまま出荷するのではなく、加工して最終製品にして売ることにしました。

木薫は林業部門が間伐した木材を家具や遊具にして販売しています。新入社員にもうちは家具屋ではなく、林業屋だと話しています。

日本では人口の9割が都会に住んでいます。そうすると子どものころに森や木に触れる原体験がないまま育ち、学校で環境教育をしたところでただの座学になってしまいます。例えば保育園で木のロッカーを使っていたな、木の遊具で遊んだなといった記憶がそうした時に甦ってきてくれるといいなと思います。

木薫のターゲットを子どもにしたのは森林組合の取り組みで大阪の保育園に積み木をプレゼントしに行った時の体験がきっかけでした。持って行った積み木を園児にプレゼントすると「おっちゃん、これ便所の臭いがする」「ニセモノや」という声があがったのです。

子どもにとってヒノキの香りはトイレの芳香剤の香りであり、そっちが本物だったのです。ショックを受けた反面、都会に住んでいて森に触れた事がないのであれば仕方ないなとも思いました。その時、子ども向けに木を届けることを意識しました。

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木薫では受注生産を行っていて、事例集を持って営業にまわっています。子どもが集中するためには足をしっかり地につける必要があり、それぞれの保育園や幼稚園ごとにこだわりがあるため、机や椅子の高さも5mm単位でカスタマイズしています。

そこまで細かくカスタマイズできるのは自社工場を持っているからで、大手のように外注して作っているところではそのような細かい対応はできません。自分たちは最初から一品物を作っているので自由がききます。製販一貫なので住宅を作るよりも収益性を確保しながらも値段を抑えることができます。

大手に同じ事を頼むと倍くらいの値段がしますので保育園からもこんな値段でやってくれるの!と喜んでいただいています。また、原木市場を通さず自分たちで森から木を伐って加工して直接販売しているので流通に無駄がありません。

基本的にデータを残しているのですが、たまに追加注文をいただいた時にデータが残っていなかったりすると園まで出向いて仕様を確認して同じものを作るようにしています。

(鎌倉投信の投資先でもある)サクセスHDさんとは4年前からにじいろ事業部とお付き合いがあり、新しく作られた保育園では木薫の床板や家具などを使っていただいています。今はまだ待機児童も多いのでどんどん作っていけますが、いつかそういう時代も終わりが来ると思います。そうした時代が来たとしても選ばれる保育園であるようにという事を考えてやられています。

どうやって子どもと接するかしっかり考えていて、その中で木薫の家具や遊具を使うというのは環境問題に対して保育園ができることの一つです。情操教育にも役立ちますが、保育園一つでテニスコート10面分の森が整備されることにもなります。

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最初は6人、資本金10万円でスタートしましたが今から考えてもようやったわと思います。また、アミタの熊野社長にも事業が軌道に乗ったら株を買い戻させて欲しいという無茶苦茶な条件で株を持っていただいたり、様々な支えがあってここまで来ることができました。息子には同じ思いはして欲しくないと思います。

でも、ここまで来れたのは仲間がいたからだと思います。最初から従業員を雇っていてつらかったでしょうと言われますが、逆に従業員がいたから心が折れずに続けられました。仲間がいたから踏ん張れましたし、ここまでやれました。大きな存在です。

社長は孤独という意味が最近までわかりませんでした。みんな真剣にやっていたからこそ自分に刺激を受けたという人がいる事に恥ずかしくもあり、光栄でもあります。

リーマンショックの後、年明けに行うはずだった店舗向け案件が全てキャンセルになり正月明け早々仕事がなくなりました。そこでじたばたして色々な事に手を出すのではなく、子ども関係に特化しようとしたことが結果的にいい方向に向かいました。製造スタッフ含め全員で大阪中の保育園をまわって営業しました。

今はやりやすい土台が出来てきたのではないかと思います。西粟倉ではIターンする若い人が増えて子どもも増えています。1500人しかいない西粟倉村では今年、ついに待機児童がうまれました。学童でも同じ状況です。

西粟倉村でIターンが盛んなのは生活インフラが整備されているという事が要素の一つとしてあげられます。昭和60年代には光ファイバーが引かれていて全国で普及率30%という時代に光ファイバーが全家庭に届いていました。また、智頭急行も走っていたのと村全体がIターンを受け入れたという面もあります。

村の人事部とも呼べる制度をつくって2〜3年はどうにか生活できる程度の補助金を出す制度を2008年に始めました。この制度で3億円人に投資した結果、村に6億円の売り上げを生み出しました。あくまでも投資は人に対して行い、設備に関しては皆さん自力で準備しています。

こうして田舎で人材に集中投資したところは少ないのではないでしょうか?役場も生活する上で必要なインフラを整備することで雇用を作り出すことができることを理解しました。

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木の里工房 木薫

続いて、森で間伐作業を行っている現場に向かいました。最初に林業機械が入っていけるように支障木を伐って道づくりを行います。

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作業道が作られたら高性能林業機械ハーベスターで間伐を行っていきます。

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ハーベスタは伐採から枝打ち、一定の長さに切りそろえるところまで一台でやってしまいます。ちなみにこのハーベスタ共有の森ファンドで購入し、リースされている機械です。2011年に来たときに自分たちがメッセージを書いた機体かもしれません。

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ハーベスタの届かないところはチェーンソーで間伐を行います。

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間伐された木はこのように一定の長さに切られてまとめられます。

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間伐された木はフォワーダで運び出されます。間伐の現場と工房を見て木薫は林業屋なんだなというのが実感できました。(今までは子ども向けの遊具屋さんだと思ってました)

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再び山を下りて今度は西粟倉の保育園へ。こちらに木薫が最初に手がけた遊具があります。

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遊具を作る上で細かい安全基準が定められていてそれに従って作る必要があります。木薫では危険をリスクとハザードに分けて考えていて、子どもが想像できる危険はリスク、子どもが想像できない危険はハザードとしています。

ハザードは確実に排除する必要がありますが、リスクはあまり排除してしまうと子どもが遊んでくれなくなってしまいます。

設計は3ヶ月くらいかけて行っていますがデザインできる人は4名くらいいます。遊具は何か事故があった時に製造者の責任ではなく、設置場所の管理者が責任を取ることになっています。製造者は国が定めた安全基準を守っていることがまず大事です。

公園に設置される遊具と保育園や幼稚園に設置される遊具の違いは大人の目がつくかどうかの違いがあります。どこに先生を立たせると子どもが隠れても大人の目からは見えるか考えて遊具を設計しています。この遊具も子どもが隠れられるように作っていますが、大人の目からは子どもがしっかり見えるようになっています。

石のついた壁登りも保育園でルールを作って最初は小さな壁を登ることができるようになって免許皆伝になってから大きな壁に挑戦するといったルールが保育園で決められています。そうすることで年長者に対する尊敬の心や挑戦心を育てることにもつながります。大きな壁を登ることができるようになった子どもは今度はこの色の石だけ使って登るなど自分なりのルールを作って挑戦するようになります。

森林組合時代に丸棒事業として土木資材の杭などを作った経験があり、そこで腐食を防ぐ方法を考えたりしたのが遊具づくりにも生かされています。

次にバスは国民宿舎あわくら荘へ

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温泉に入って一休みした後は夕食です。ヤマメや猪肉、鹿肉など地元の食材がふんだんに使われた料理を堪能しました。割り箸はもちろん西粟倉の間伐材で作られた割り箸です!

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宴会場での食事が済んだ後は幹事部屋へ行って飲み直し語り合いました。

牧さんからこれまでの苦労話や無茶ぶりされてきた井上さんの話、自分が企画した合コンツアーで彼女をゲットした坂田君の話など・・・。他にも酒うららを最近開業した道前さん(人生を日本酒に捧げた女子)とか魅力的な人がたくさんいます。

朝ご飯はシンプルに。NHK中国で放送された里山資本主義でも紹介されたラオスとの交流から始まったラオスのオーガニックコーヒーも飲むことができました。

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