いい投資探検日誌(from 八女)

しあわせをふやす いいお金の使い方を考えています。サステナブル投資家。2017年に新所沢から八女に移住しました。週末は一口馬主を楽しんでます。

セキュリテ被災地応援ファンド報告会 2014 #3 オノデラコーポレーション、斉吉商店、石渡商店、八木澤商店

3月4日にセキュリテ被災地応援ファンド報告会が開催されました。当日は被災された企業が3つのグループに分かれて現状とこれからの課題について話されました。

日時:2014年3月4日19:00〜21:30
場所:東京21cクラブ(新丸の内ビル10F)
主催:ミュージックセキュリティーズ
参加事業者:
 斉吉商店、石渡商店、アンカーコーヒー、八木澤商店、丸光製麺
 世嬉の一酒造、酔仙酒造、石巻津田水産、マルトヨ食品、ヤマジュウ

 グループ1(世嬉の一酒造、酔仙酒造、丸光製麺)のレポートはこちら
 グループ2(ヤマジュウ、石巻津田水産、マルトヨ食品)のレポートはこちら

グループ3:オノデラコーポレーション、斉吉商店、石渡商店、八木澤商店

小野寺(オノデラコーポレーション):

オノデラコーポレーションの小野寺です。他の人と若干違う気持ちでいるのが僕だと思います。なぜかというと出資いただいたお金に手をつけていない状態だからです。

店だとか焙煎工場などが流されましたが気仙沼は港町で、できればまた港でコーヒーショップをやりたいと思っていて、街が壊滅したのでそこに何もない状況にはしたくないよなという気持ちでいて、災害復興の推進フォーラムなどで復興の様子を見守っている立場などもやらせていただいています。そんな中でますますこの街は今後どうなっていくんだろうと複雑な気持ちになり、なかなか出資いただいたお金を使っていないのです。

土地がなかなか見つからなかったりしましたが、車社会なので20台、30台止められるスペースとなると気仙沼はなかなか平地がない場所で、その中でもようやく店舗をオープンする土地が見つかりました。今は年内オープンを目指して来る途中の新幹線でも考えてきました。

人が足りないのも同様です。震災前のアンカーコーヒーは人気があったので募集をかけるとすぐに人が集まったのが今は全然集まりません。時給も震災前から50円あげたり周りと同じようにしたりしてもだめです。一番わかりやすい例でいうとフィリピンパブで働くお姉さんが工事現場にいます。夜働くより工事現場で働いた方が全然給料がいいので工事現場で働いているそうです。なのでフィリピンパブに行くと一人か二人の日本人のおばちゃんしかいないというくらいです。

そんな中で新しい店舗をたちあげても大丈夫だろうかという不安もあります。また、仮店舗は4つのお店で共同でやっていてうちが一番道路に面したいい場所を使っています。そこでうちが仮店舗から抜けたら荒廃してしまうと思うと抜けられない、かといって新店舗を新しく始めるほどの人はいないという状況です。以前は東京での展示会やホテルショーにスタッフを連れていって東京のコーヒーショップやレストランなどの接客の勉強をしてもらっていましたが今は店長クラスであっても連れて来れないくらい人手が足りていません。

人というのは大きな問題です。工事関係者がいるのでラーメン屋や居酒屋は繁盛しているのですが、いなくなったらどうなるのか。以前津波の被害にあった奥尻島は復興特需でススキノの高級クラブが3軒支店を作ったものの工事が終わると撤退したという例がありますが、それが我々の街でも起こるのではないかと。

 

斉藤(斉吉商店):

斉吉商店の斉藤和枝といいます。ミュージックセキュリティーズのアンケートに私どもも販路開拓と人材と書かせていただきました。

震災後にうちでは仕事をリスタートする時、業態を変更するという事業計画をたてました。それまでは卸売半分、小売り半分だったのをこれからは小売りだけにしたいとそういう事業計画にしましたのでとにかくお客様に直接手売りしていくと一生懸命私たちは行商と呼んでいますが各地へ行商に行っています。先週は初めて福岡にも行ってきました。個人の方に直接お話しながら買っていただいてそれがまた通販へという回転していくようにとやっています。

人材というのは人手が足りないのもそうなんですが業態を変えたので社内にあったこれまで持っていたスキルが合わない、新たなスキルが必要になるということなんです。

個人向けの商品を作るという事やネット通販でお客様にもっと語りかけるためなど色々と小売りをするための商品企画などノウハウが足りていないというのを痛感しています。社内の体制も業態変更についていけておらず社員さんの中でも製造しかしたことがない人が小売りや商品開発をやったりとスキルが足りていない部分もあります。

それぞれが震災の時に大丈夫だったのでみんなで変わろうと頑張ろうと気持ちが揃っていて、それについてはありがたいなと。ばらばらだった営業拠点や工場が小さく一つにまとまったので毎朝の朝礼からみんなに伝わるようになってみんなが一生懸命やってくださっているのですが、どうしたらいいかわからない部分が多いので専門の人や外部の人にもっと教えていただくような機会を増やしてスキルをあげていかないといけないと思っています。

 

石渡(石渡商店):

石渡商店の石渡と申します。弊社は創業57年目になるフカヒレ専門店でございます。被災によりすべてを失ったのですがミュージックセキュリティーズ様にお声がけいだたき資金も調達できて新工場もできました。ここまで3年間相当もがいてもがいて休みが数えるくらいしかなかったと思います。私もずっと気持ちの高ぶりが続いていて1月、2月にちょっと体調を崩してしまいましたが出資者の皆さんにご指導いただいたり励みのお言葉をいただきまして、そこから少しふっきれて襟を正してもう一度頑張らないといけないという気持ちに戻りました。

弊社の問題について考えていましたが先代は川崎から気仙沼に移ってきました。当時味の素の研究員をしていて気仙沼にサメのひれが落ちているという事で移り住んできて落ちているひれを宝になると商品開発を始めて特許もとりました。その時と今の状況は似ているのかもしれません。

全てを失って1からはじめる。人でも足りない。問題はたくさんありますがちょうど世代交代もあります。ほとんど働いてくれている人が50代以上で世代交代の問題は震災前からありました。求人を出しているのですが人手が集まらないのはわかっていることです。

これから10年後、気仙沼の人口が4万人ちょっとになる計算ですが、そういう事情に対応できる会社にいまの従業員でできること、商品開発にしてもMSさんでお話することがありましたが10年後従業員にまともに給料を払える会社でありたいと。それを実現することで魅力的な会社で給料をあげると入りたいという人も増えてくると思いますし若手へ引き継ぐこともできるのではないかと新しい商品開発や前に進んでいきたいと思います。

気仙沼の活用されていない資源をどう活用するかという会の役員をしたり宝の山をどうたからにするか、そこをやっていきます。

 

河野(八木澤商店):

陸前高田市からやってきました八木澤商店の河野でございます。この3年間応援いただきありがとうございました。

一番はじめにミュージックセキュリティーズさんに会ったのが4月の初めだったのですがちょうどこの間その当時の営業課長と話をして笑ったんですが、設備が全部流されてしまっているのに売上計画をたててくれとお願いしたんです。それでたててきた計画が震災前の3割の売り上げだったんです。それだと社員が飯も食えないからとバックしました。普通だったらなにもないところから3割にするのだって大変なのに飯が食えないからもっとあげろってか、馬鹿じゃないのと思ったらしいんですが営業課長がもう一度売り上げ計画をたててくれました。

当時、醤油の醸造を始めるまでは5年はかかるだろうと思っていましたのでつゆ、たれのファンドから始めたのですが、つゆ、たれの醤油加工品だけで損益分岐点をいかないといけないという事で製造のメンバーも全社員が営業というような内容でした。OEMの全国8社のご協力をいただき5月にスタートをしました。そこから8月にはつゆたれファンドが完了し、工場が建てられる、もしかしたら醤油工場もいけるんじゃないかという事で1億円の醤油工場ファンドも募集させていただきました。

現在9300万円集まっていて、のべ人数でファンドを通じて4000名以上の出資者の方がいらっしゃるので全国いたるところで小声でとんとんと肩を叩かれて「私も出資しています。」とお声がけいただき「ありがとうございます」とお礼を言わせていただく機会があります。

いまの課題は再建計画です。初年度が震災前の4割の売り上げ、2年目6割、3年目8割の売上でした。震災前の8割で損益分岐点をいくためには固定費を圧縮するのもそうですが新しいお客様をふやして直販比率を高めるという方法があります。

インターネットなどでの販売にも力を入れて直販の顧客数は震災前の倍以上になりましたが、それでも全体では震災前の7割。まだ損益分岐点を超してません。昨年は6割くらいしかいかないのではと金融機関から借りて直営店を増やすことで7割というところまで来ました。それだけではなくまた新しく飲食店もスタートしようとしています。

これでなんとかもっていこうと。その間社員はなにをしていたか?1、2月忙しくない時期は作るところを圧縮してのんびりやろうではなく、計画的に仕事をして余った時間はルートセールスに回ってくれています。これが5年後10年後の底力になると思います。本当に祈るような気持ちで社員が毎日来てくれることに感謝しています。

課題は短期的には自社の話がありますが陸前高田は全壊した企業が86.4%で13.6%しか事業所が残らなかったんです。有効求人倍率は2.0を超えて人手不足ですが事業所の回復率は53%です。それ以外は廃業したところや再建を断念したところでほとんどが事業主や後継者が亡くなっています。5年後10年後に復興の仕事がなくなった時にどうするかです。街がなくなったら自分の会社だけ生き残れるかというと地方の中小企業ではそんなことありえません。滅びるだけです。

なんとか半分になってしまった会社を少しでも増やそうと起業家をつのっています。昨年陸前高田で40社作りました。その人達を持続可能になるようにしています。社員の言葉を借りると今まで情報も時間も準備も足りなかったのでハチャメチャにやってきましたが、今年は落ち着いて準備をし、丁寧な八木澤商店に原点回帰をしたいと思います。

被災地に世の光をと始まった被災地応援ファンドですが本当に希望の光でした。これから我々がしないといけないのは被災地が世の光になれるようにということです。ぜひこれからもよろしくお願いします。

 

斉藤(斉吉商店):

今日は皆さんに八木澤さんとオノデラコーポレーションさんと石渡さんとの新しい取り組みを紹介します。3月10日にプレス発表することになっていますが、ミュージックセキュリティーズさんにお願いしたのは世の中に出す前に4社とも被災地応援ファンドがきっかけで再スタートできたという事で投資家の皆さんに先に報告させていただければと。「まで〜に」と呼びます。

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madehni(まで〜に)

三陸の方言で丁寧にとか手間暇おしまずという意味です。商品開発して新しい販路を拡大しないといけないのが至上命題なのですが、商品開発のステップでスキルが足りていないので勉強するにも専門家さんを呼ぶにもお金も時間もかかるというので4社費用もシェアしながらやれないかと集まりました。

それぞれの会社がそれぞれの商品を磨き合うということです。どうして4社でやるのかというとどんなにひどいことを言われても負けずにまたここにやってくる信頼関係と折れない体質があるんではないかと集まって「みらい食研究所」といって商品開発をする場そのものをシェアするようになりました。

最初は周りの人も混ざらないと思いますが、気持ちは痛いけど一緒に頑張っていい商品を出したいという人が出てくるといいのではないかと、楽しいことだけではないけれどもしょっちゅ集まって深夜まで大変つらい磨きあいという場をやっています。

それがまで〜にの糧だと思っています。最初につくろうとしているのはスープです。スープのことはそれぞれの各社さんから。各社のロゴがきちっと入っていて「まで〜に」ブランドのロゴも入ります。こういう取り組みに足を踏み入れようと思ったのもセキュリテの被災地応援ファンドでリスタートをきって投資家の方と関わる回数がふえるにつれ、いつか皆様に長い間見続けてよかったと思われるような会社になりたいという想いがあふれ出てこういうことになりました。 

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小野寺(オノデラコーポレーション):

4社でまずは商品開発力をアップさせようと学びの場でまずやってみようと。今回うちはできれば気仙沼の市場にあがるもの、地域でとれるもので第一回目は作りたいと思ってメカジキからとった出汁や魚を団子状にしたりして地中海風、洋風のイメージで作ってみます。

 

河野(八木澤商店):

醤油づくりで使っている原料が大豆と麦です。それ一食で体にいいスープを作ろうという想いがありました。塩分も抑えられていて最初食べた時は味がしないんじゃないか?でも食べているうちに満足していくように。

私もいつも脂っぽいモノをたべているので罪滅ぼしに食べられるようなそういうコンセプトで自分たちのもっている強みをいかしてこのスープをつくりました。ターゲットは(小野寺)紀子さんです。紀子さんが美味しいと思うモノをみんなで作ろうという会です。

 

石渡(石渡商店):

4社の中で一番スープを作ってきたのは弊社なのかなと。最初はふかひれスープ・・・と思ったのですがこの会に入って皆さん挑戦されているんですね。

私どもで挑戦できるものはないだろうかと考えた時、完熟牡蠣のオイスターソースを作っていて、それは出資者の皆さんに支援されてつくった工場なのでふかひれ以外の地元の産品をいかした商品を作れないかというのがはじまりでした。

牡蠣の研究をもう少ししてみたいということで牡蠣のポタージュを開発中です。すごく難しいのは乳製品が入っていて分離するのでいままでやっていないことにチャレンジしています。以前からの従業員から若手への引き継ぎもかねて若い社員の意見も取り入れつつ昨日も皆さんとやりあってきました。

昨日も磨きあいがあってズタボロではないですけれどもみんなでやりあいまして、回を重ねる毎に商品のレベルが上がっているので皆さんには最高のものをお出ししたいと思います。

 

斉藤(斉吉商店):

4社で自分たちが作る上で他との違いはなんだろうと話したとき、たった一つ共通していることは被災してる事となったんです。

全員家が流されているし工場も流されている。食べ物がなくなって食べ物を口にした時の安心感や幸せ、気持ちも身体もほっとするというのは私たちが一番深く理解しているのではないかという事を裏テーマでこころも身体に染みいるものをつくりたいということで立ち上がってます。

金のさんまが看板ですがサンマ節でだしをとったスープを作っています。